親友S

多めに注いだウイスキーロックを何かを慰めるように飲んでいた。時刻は0時を少し過ぎた。

ぼんやりと文庫本に視線を落とす。いつものひとりの夜だ。

ふと、携帯に連絡が入る。Sだ。

電話はできるかとのこと。

そういえぱ、久しく故郷の人間とは話をしていない。

懐かしい気持ちを感じたい気持ちもあるし、明日の予定も空白だったから承諾した。

 

人間関係、特に友人関係というのは、その中にも近遠があって、親しい友人(人によって様々だとは思うが)と呼べる存在は気付けば、手におさまるほどしかいない。

学生時代は親しいと思っていても、友人関係は希薄なもので、精神的にも環境的にも変化していくうち、時間という消しゴムでいつの間にか真っ白になってしまう。

それでも、Sという男は今でもくっきり、はっきりと線が美しく残されている存在である。

 

Sは、小学校のときはあまり話さなかったが、中学校で親しくなった。きっかけはあまり覚えていない。

3年生のときに、バンドを組むことになった。彼はギター、僕は初心者ではあったがベースを担当した。

ドラム担当のKの家で放課後、ひたすら練習した。もちろん下手くそだったけども純粋に音楽を、演奏を楽しんだ。

Kの家の帰りにしょうもない話をしながら、自転車で坂を下るのが気持ちよかった。

 

お互い地元の同じ高校に進んだ。

軽音部が無い高校だったので、設立しようとしたが、許可は下りなかった。ケチだなあと思った。

そして、結局彼はハンドボール部、僕はバレーボール部で汗を流した。

 

2年生の冬だったか、またバンドの炎が僕たちに燃え上がった。

中学時代のメンバーに加え、Hがリードギターとして参加した。Hの音楽的知識と才能には感服した。

今思えば、かなり個性というかクセの強いメンバーだったが、自作の曲(Hの才能に頼って)を学外のライブハウスで演奏した。

音楽仲間も増え、俗に言う"青春"とやらを堪能していた。

 

そんな高校生活も終わりを迎え、学内の卒業パーティーでも昇天しそうなほどの演奏を披露し、それぞれ新しい道を行く時になった。

僕は勉強ができなかったから、あまり賢くない大学に行くことにし、Sもてっきり大学に入るものだと思っていたが、

「おれ、俳優なるわ。」

と一言を地元に残し、気付けば上京していた。

 

その後、彼は僕たちが表現できない、分からないくらいの努力と経験をしたと思う。

定期的に彼が帰省してきたり、逆に僕が東京を訪れた。

東京での生活は、僕は深く知らないし、芸能関係ということもあるから、そこは知るべきではないと思っている。

僕にできることは、ただ、学生時代の時のように馬鹿をやって、バーで真面目な話をするくらいだ。

実際、会うのが久しぶりでも会話内容は中学生時代と何も変わらないのである。今でも。

 

本当に親しい友人というものは、そうゆう関係なのかもしれない。

しばらく、ずっと会ってもいないし連絡すらしていなくても、いざ会った時、不思議と何も気を使わないでいいのである。

「最近どうだ?」「元気だったか?」

それすらいらない。

「おす。」

これで十分である。

 

僕は、先ほども言ったように大学生として学生を続けた訳だが、先にSは社会に飛び込んで行った。

ある時から僕は、大学が大変つまらないものに感じる時期があった。と言うのも、親友が独り身で、東京で戦っている姿をSNSなどを通してみると、自分は生ぬるい湯に使っているような気分になった。

時間は無限にある、単位さえとれば、授業は適当にこなせばいい。そんな生活を送っていることが恥ずかしくなったのだ。学問の意義を僕は理解していなかった。

 

Sは、長身で顔も良いとよく昔から言われていた(親し過ぎると分からなくなってきたが。)し、もちろん女の子からも人気だった。

だが、彼はその外面的な魅力よりも、しっかりと根をはった忍耐力。プライド、そして何よりも行動を躊躇わない姿勢と圧倒的な自信は並の人間ではないと僕は感じる。

 

そんな彼に僕は尊敬の目ですら見ていたし、その泥くさい人間性が、美しいと思った。

人生はいつ終わりが来るか分からない。その中で何に魂を燃やし、志を持ち、足を踏み出すか。

自分のためである。自分の幸福のために行動するのである。

それは、紆余曲折であるし、安定を求める人からすれば、無謀で馬鹿だと思われるかもしれない。

それでも、やはりずたずたになりながらも戦っていく人間に僕は感動する。

その存在がSだったのである。

その影響で、僕は慣れ親しんだ地元を離れることを決断した訳である。

 

現在、Sは舞台などをこなし、苦労はもちろんたくさんあるだろうけれども志の中で、しっかりと前を見据えている。

広い東京の中で、たしかに彼は強くなっている。

 

「おい、もう朝やん。」

 

僕たちはそれでも、話し続けた。

ウイスキーの氷はすっかり溶けている。

 

※誤字、脱字ご了承ください。