彼は自分を知らなかった。

彼は自分を知らなかった。 自分の影がどんなに薄いかを知らなかった。 彼は自分を知らなかった。 傷ついたとき、相手を憎んだ。 彼は自分を知らなかった。 名利私欲の世界しか歩いてこなかった。 彼が自分を知ったとき、 一輪の花を愛し、人を愛し、自分を愛…

忘却と追憶

これまで、どれだけのハーパーロックを頼んできたのだろう。 大げさに数えて三百回くらい? まあとにかく、ぼくは程よく酔ってて、外は静かに、激しい雨だ。 過去は、絵の具に水をたっぷりつけた筆をかき混ぜるように、朧気で、儚いものである。しかし、断片…

ひとりの夜

6月に入り、いつの間に春が巡ったのかすら気づけずに僕は変わらず、ひとりだ。 窓を開けても変わらず、同じ時間に同じ道を歩き同じ生活をする世界の空気が、いやに部屋に舞い込むだけだ。 昨日はあったのだろうか、今日はあるのか、明日はどうか。 集団を良…

いやだと言えぬ空の下

いやだと言えぬ空の下。 いやだと言えば廊下に立たされ、 先生は、えへんとおおいばり。 それでぼくは悲しくって、うつむいて、 偽善教室のとびらをたたく。 それで先生は、ふんっとぼくを見下して 空の下とはこんなものかしら。 絵をかく時間に、ぼくはまち…

時代

ながい時代がありまして、 緑は心を映えている。 ながい時代がありまして、 海は変わらず夕陽をうつす。 ながい時代がありまして、 雪は郷愁を積もらせる。 ながい時代がありまして、 人は人を変えようとした。 ながい時代がありまして、 人は装飾に凝りすぎ…

夜街のデート

あなたの雪のように白い足が、 まちの灯りを魅了する。 下品な電光看板も あなたの微笑に目がくらむ。 楽譜のまちを歩いてく。 ト音記号がきみの右手で ヘ音記号が左手で 小さな指輪は星を誘う。 漆黒の長い髪はヴァイオリン。 甘い香りは花束となって アス…

もしも明日がこなければ

もしも明日がこなければ、 母の手を握るだろう。 もしも明日がこなければ、 おばあちゃんと散歩するだろう。 もしも明日がこなければ、 故郷を自転車で駆けるだろう。 もしも明日がこなければ、 四弦を空に奏でるだろう。 もしも明日がこなければ、 並んだ本…

ごろごろ

ぼくはいつでもごろごろしていたい。 太陽が起きなさいといっても、 月が寝なさいといっても、 ごろごろごろごろしていたい。 本をまくらにして、 本をふとんにして、 音楽のベッドはふかふかだ。 昼はコーヒーで、夜はウイスキーで 健康はだいじょうぶ。 そ…

深夜の雨

騒がしい街が眠った深夜に、 突然、ごーっと降り出した雨。 布団のなかで、天井を見つめていた僕は 手を取られるように、寝床を抜け出し、窓をあける。 「未来へ」という名の蔓橋で怯える僕に、 その音は優しく紛らわせてくれて、涙も雨に溶けていく。

二十三歳、溺れる

三島由紀夫の「潮騒」を、こんな時間まで ただただ、黙々と、読んでいた。 言葉を、文学を、精神から愛しているんだと強く、強く感じる。 生きてるって思える。 生きようと思える。 僕はまだ子どもで、言葉に対して不器用で、 小説や詩に触れる度に、贅沢な…

かみのけ

ちょっと短くしてみたの。 あなたが好きなように。 あれ?分からないのかな。 もうちょっと短くしてみたの。 んん、気付かないみたい。 このままじゃわたし、つるつるてんになる。

今日も怠惰

いつものように窓際の席につく。 昨晩は、机の上でぼんやりと時間を、四角い部屋を、静寂を見つめていた。 気づけば夜明けに近づいていて、無理に造作した眠りについた。 街飛ぶカラスの声に、目が覚めた。 不思議といやらしい感じはしなかった。 時計を見れ…

かお

あなたが目をみてくると ぼくの目がうつってて あなたが頬をあかくすると ぼくの頬がはずかしがって あなたのちいさい口がほほえむと ぼくはあせっちゃって コーヒーカップに口をつける。 もうすっかりないのにね。

5月11日

笑ったり、真面目になったり、不機嫌になったりする言葉というヤツにずいぶん悩まされてる。 じわじわと感情に追い詰められている。 人はなんで表現するようになったんだろう。 始まりはなんだったんだろう。 月は話さないのにあんなに綺麗なんだよ。 ほら、…

桃色の鼓動

駅でゆらゆら、なんにもないけど海のような空を見る。 小さく飛行機が滑ってる。 時計だけが僕をなだめる。 凛とした微笑の蝶が来た。 美しい花ではないけど、いいのかな! くっついても馬鹿にされないかな! 桃色の鼓動が 草木を抜けて、僕を包む。 (学生時…

Kid A

それはぼくを揺らし、 ぼくをどこまでも軽蔑する。 それはぼくを踊らせ、 ぼくをいつまでも解放する。 夜空がぼくに「おかえり」と言う。 月はただただ手を握る。 恍惚と耽美が手足を祝福する。 天使がいたずらにシャツの袖を掴む。 悪魔がワインをこぼす。 …

ペヤング焼きそば

段ボールを開けると、故郷のあたたかい香りがする。 トイレットペーパー、洗濯用品、チョコレート、お茶漬け、頼んでおいたインスタントコーヒー。 そして、小さいころから好きだったペヤング焼きそばが六つ、母からの手紙。 夕方に降る雨の音と、寂しく見つ…

風にのって

頭に浮かんだプレゼント。 「どこから来たの?」 そのプレゼントは、いやらしく ちょっといたずらで 届かないところに浮かんでる。 「なんでそんなことするんだい!」 頭のなかでぼくは泣く。 それでもプレゼントはぷわぷわ浮かんでる。 「おばぁちゃんに借…

オードリー・ヘプバーン

オードリー・ヘプバーン。 いつからか、いつまでも踊るバレリーナ。 人を美しく戦慄させる、蝶のような目。 触れたくなる儚いくちびる。 手を巻いては、折れてしまいそうな彼女。 明日は一緒に朝食へいこう。 決して溶けない、ぼくの王女。 オードリー・ヘプ…

迷子

独りの時間がほとんど、いや、全てと言っていい生活を過ごしていると。 いやなくらい自分の情けなさが露呈してくる。 なんだか不機嫌なのは確かではあるけども、なぜ不機嫌なのかが掴めない。 行動が足りないのかもしれない。 未来への道が雑草に埋もれてい…

ある喫茶店

自宅から歩いて五分くらいにある喫茶店。 ビルやらコンビニやら牛丼屋が立ち並ぶなかで、ひっそりとして、どこか懐かしさを感じる洋風な入口。紳士的な印象さえ受ける。 店内には新聞紙を広げる常連客と思われる老人と、なにか電話で話し込んでいるサラリー…

親友S

多めに注いだウイスキーロックを何かを慰めるように飲んでいた。時刻は0時を少し過ぎた。 ぼんやりと文庫本に視線を落とす。いつものひとりの夜だ。 ふと、携帯に連絡が入る。Sだ。 電話はできるかとのこと。 そういえぱ、久しく故郷の人間とは話をしていな…