ある喫茶店

自宅から歩いて五分くらいにある喫茶店

 

ビルやらコンビニやら牛丼屋が立ち並ぶなかで、ひっそりとして、どこか懐かしさを感じる洋風な入口。紳士的な印象さえ受ける。

 

店内には新聞紙を広げる常連客と思われる老人と、なにか電話で話し込んでいるサラリーマンが煙草をふかしている。

そしてカウンターには、眼鏡をかけすらっとした長身の、大人しいけれども安心を与える微笑みを持つ七十代ぐらいのマスターが珈琲をいれている。

また、そのマスターの奥さんと思われる女性がこちらも優しい笑みで迎えてくれる。主にこの奥さんが僕たちお客の面倒をみてくれるのだ。

 

僕はいつも二人席に座り、メニューも見ずにブレンド珈琲を注文し、向かいのいすにリュックサックを置いてゆったりと落ち着く。

外套のポケットに常備しているペン、リュックサックからノートや読むわけでもないのに持ち歩く数冊の本をテーブルにどさっと置く。柔らかい照明とかすかに耳に触れるジャズが本とうまく調和しているようだ。

 

珈琲がやってきて、すぐには飲まない。熱さが苦手だからである。猫舌というものだと思う。

ぼーっと、換気のために開けられている窓の外の大通りを眺める。今日はたいへん太陽が元気で、人々を活発にさせていた。往来はにぎやかで、バスの到着のアナウンス、前を通る人の会話、また、どこか遠くで工事をしているらしい。

それらが不思議に混ざり合い、この静かなジャズの流れる喫茶店に空気と一緒にすーっと入ってくる。

 

少しばかりそうして眺めているうち、珈琲が飲みごろになった。苦味が程よく、その中に優しく酸味があるのがこの喫茶店の珈琲である。

さて、とようやく本に手をつける。

今日は読みかけの室生犀星を読むことにした。

気がつけば、まるで眠りに落ちるかのように僕はその小説の世界に入り込んだ。

 

午後の優しい静けさと、珈琲豆の香りが、活字を潤している。