忘却と追憶

これまで、どれだけのハーパーロックを頼んできたのだろう。

大げさに数えて三百回くらい?

まあとにかく、ぼくは程よく酔ってて、外は静かに、激しい雨だ。

 

過去は、絵の具に水をたっぷりつけた筆をかき混ぜるように、朧気で、儚いものである。しかし、断片的ではあるが、その時の空気や感覚までも思い出すことがある。

 

例えば、初めてウイスキーを口にして渋い顔をした時。ビートルズに興奮した夏。かわいい彼女にふられて、枕をぐっしょり濡らすくらいに泣いた夜。思い出とは、過ぎ去ってしまえば、だいたい美しいものなんだろう。

 

そうしてまた、今夜のハーパーロックの味もぼんやり消えていくのかもしれないし、美しい記憶としてどこかで生き続けるかもしれない。

 

人々の会話とタバコの煙のなかで、ビリー・ホリデイが歌う。

そこでぼくは、忘却と追憶について考えることをやめて、明日に委ねる。

 

外は静かに、激しい雨だ。